IMBERT(アンベール)— フランス・オーヴェルニュのマロン加工メーカー
モンブランを作るためにIMBERTのマロンペーストを購入したことをきっかけに、これまで何気なく使っていたマロン加工品について改めて調べてみました。
IMBERTはどのようなメーカーなのか。使われている栗はどこで作られ、どのように加工されているのか。また、マロンペースト、マロンピューレ、マロンクリームにはどのような違いがあるのか。
今回はまず、実際に使用するIMBERTというメーカーについて、その背景を辿ります。
IMBERT(アンベール)とは
IMBERT(Marrons Imbert)は、フランス南東部Ardècheアルデシュ県のAubenas オーブナを拠点とするマロンの加工メーカーです。
アルデシュは古くから栗の栽培が盛んな地域です。
斜面の多い土地で栗は人々の重要な食料となり、「パンの木(arbre à pain)」とも呼ばれてきました。現在もアルデシュはフランスを代表する栗の産地で、「Châtaigne d'Ardèche(アルデシュの栗)」はAOP(原産地呼称保護)に認定されています。
オーブナはこうしたアルデシュの栗産地の中にあり、1907年創業のSABATONなど、現在も複数のマロン加工業者が拠点を置いています。
また、同じアルデシュ県のプリヴァでは、1882年にClément Faugierがマロングラッセの工業生産を開始するなど、この地域では古くから栗の加工産業が発展してきました。
IMBERTもその一つで、現在のMarrons Imbertへとつながる会社は1920年に成立し、現在まで100年以上にわたってマロンを中心とした製品を手がけています。
IMBERT自身も「La noblesse du marron, en Ardèche depuis 1920(栗の気品を、アルデシュで1920年から)」を掲げ、アルデシュとマロンをブランドの中心に位置づけています。
1904年、オーブナで始まった栗との歩み
IMBERTの歴史を辿ると、現在の会社が誕生した1920年よりも前、1904年にまで遡ります。
当時、繊維産業に携わっていたGustave Imbert ギュスターヴ・アンベールは、オーブナのパティシエ、Eugène Contassot ウジェーヌ・コンタソと手を組み、マロングラッセとマロンクリームの製造を始めました。
二人が目を向けたのは、アルデシュを象徴する農産物のひとつである栗でした。
オーブナに加熱・糖漬けを行う工房を設け、そこでレシピや製造方法を作り上げていきます。
現在のIMBERTにつながる栗加工の原点です。
二度の大戦と「Marrons Imbert」の誕生
公式によると、1914年に第一次世界大戦が始まるとGustaveが動員され、事業は一度停止しています。
戦争が終わりオーブナへ戻ったギュスターヴは、1920年に「Société des Marrons Glacés Imbert」として事業を再開しました。現在IMBERTが創業年として掲げている1920年はこの年にあたります。
その後、第二次世界大戦を経て、1950年にギュスターヴが亡くなると、息子のMaurice Imbert モーリス・アンベールが家業を引き継ぎました。
受け継がれた製法と品質
モーリスが重視したのは、父から受け継いだ製法と、原料となる栗そのものの品質でした。
栗は加熱する前に一つひとつ選別し、皮を剥き、丁寧に下処理を行います。
公式サイトでは余計なものに頼らず、栗に加えるのは砂糖とマダガスカル産バニラのみという考え方が、この時代のIMBERTの品質を支えてきたと説明されています。
こうして受け継がれた栗への向き合い方が、Marrons Imbertの評価を高め、現在も掲げられている「noblesse(気品)」という言葉へとつながっていきます。
4代目、ステファニー・アンベールへ
1990年代に入ると、厳しい経営環境のなかで、モーリスは会社を閉じることも考えていました。
しかし1993年、孫のStéphanie Imbert ステファニー・アンベールが事業を継ぐことを決意します。
当時22歳だったステファニーは、その後5年間にわたり祖父モーリスのもとで製法や仕事を学び、1998年に会社を引き継ぎました。創業者ギュスターヴから数えて4代目にあたります。
ステファニーとともに会社の発展に携わったのが、Alexandre Nogier アレクサンドル・ノジエです。
公式サイトではステファニーの当時の夫(son mari alors)と明記されています。
伝統を守りながら、世界へ
事業の成長に伴って従来の工房が手狭になり、2004年にはオーブナ市内の新しい施設へ移転しました。
そして2010年代になると、IMBERTは海外市場への展開をさらに進めていきます。
その中でも重要な市場の一つとなったのが日本でした。
アレクサンドル・ノジエは日本を拠点にIMBERTの東南アジアでの展開に携わり、2011年にはアンベール・ジャパン株式会社を設立。
現在、日本ではIMBERTの商品を製菓業界向けに輸入・販売しています。フランスの公式サイトも、日本をはじめとするアジアへの展開を、IMBERTの100年の歴史の一部として紹介しています。
IMBERTの栗はどこから来るのか
IMBERTでは、地元の「Châtaigne d'Ardèche AOP(アルデシュの栗)」を優先して使用しています。
マロンクリーム、マロンペースト、マロンピューレに使用する栗として、アルデシュの伝統的な品種であるAguyane アギュヤンヌ、Pourrette プーレット、Comballe コンバルなどが挙げられています。
一方、アルデシュの生産量だけでは必要量を確保できないため、イタリア、ポルトガル、スペインからも、同社の品質基準を満たす栗を仕入れています。
今回購入したマロンペーストについても、栗の原産国としてフランス、イタリア、ポルトガル、スペインが記載されています。
今回購入した「Pâte de Marrons d'Aubenas Imbert」の商品名には「d'Aubenas」とあります。
ここが少し複雑です。
「d'Aubenas」という名称からアルデシュ・オーブナ産の栗だけを使った製品のようにも見えますが、実際には複数の国を原産地とする栗が使用されています。
生栗からマロン製品になるまで
産地から届いた栗は、どのようにして私たちが使うマロンペーストやマロンクリームになるのでしょうか。
IMBERTが特徴のひとつとして掲げているのが、生の栗から加工を行うことです。
栗はまず皮を剥き、選別された後、水で加熱されます。この工程では栗を柔らかくするだけでなく、栗に含まれるタンニンを取り除いていきます。
IMBERTが特に重視しているのが、栗を加熱する前の皮剥きと選別です。
2015年のSIRHAで行われたインタビューでは、当時の営業責任者Benjamin Levy バンジャマン・レヴィが、栗を加熱する前に皮を剥き、選別することで、皮や傷んだ栗が加熱工程に入ることを防ぎ、苦味を残さないようにしていると説明しています。
また、こうした工程によって苦味を抑えるためにグルコースを加える必要がなく、砂糖を使用することで、甘さよりも栗の果実としての風味を感じられる製品を目指しているとしています。
その後、用途に応じた加工を経て、マロンピューレ、マロンペースト、マロンクリーム、マロングラッセなど、それぞれ異なる製品へと仕上げられていきます。
マロンピューレ、マロンペースト、マロンクリームの違い
マロンピューレ、マロンペースト、マロンクリームの違い
製菓材料としてよく目にする「マロンピューレ」「マロンペースト」「マロンクリーム」。いずれも栗を加工したものですが、加えられる材料や糖度、用途には違いがあります。
マロンピューレ(Purée de marrons)
3つの中で最も栗そのものに近いのがマロンピューレです。
基本となるのは加熱した栗を裏漉ししてペースト状にしたもので、砂糖を加えていないタイプでは、栗本来の風味を生かしながら、料理や製菓の配合に合わせて甘さを自由に調整できます。
マロンペースト(Pâte de marrons)
マロンペーストは、栗に砂糖などを加えて練り上げたものです。
今回モンブランのために購入したIMBERTの「Pâte de Marrons d'Aubenas Imbert」は、栗を60%使用し、砂糖とマダガスカル産ブルボンバニラを加えて作られています。
栗の割合が高く、きめ細かく密度のある、しっかりとした硬さを持つのが特徴です。
マロンクリーム(Crème de marrons)
一方、IMBERTのマロンクリームは栗50%、砂糖50%にマダガスカル産ブルボンバニラを加えて作られています。
マロンペーストより栗の割合が低く、柔らかくなめらかな質感に仕上げられています。
そのため、そのまま食べるだけでなく、製菓ではマロンペーストなどに加えて、硬さを緩めながら甘さとなめらかさを与える役割にも使われます。IMBERT自身も、他の製品を「détendre(緩める)」ために使えると説明しています。
同じ栗の加工品でも、ピューレは栗そのものに近く、ペーストは糖分を加えた硬めの状態、クリームはより柔らかく甘い状態と考えると、それぞれの違いが分かりやすくなります。
ただし、名称や配合はメーカーによって異なるため、「ピューレ」「ペースト」「クリーム」という名称だけで一律に糖度や配合が決まっているわけではありません。
なぜ3種類のマロン加工品があるのか
マロンピューレ、マロンペースト、マロンクリームは、単に硬さの異なる同じ製品というわけではありません。
その背景には、栗を保存・加工してきた産地の歴史と、製菓で求められる用途の違いがあります。
19世紀後半、Ardèche アルデシュではマロングラッセの製造が産業として発展していきました。
その過程で生まれた代表的な製品のひとつがマロンクリームです。
1882年にPrivas プリヴァでマロングラッセの製造を始めたClément Faugier クレマン・フォジエは、製造中に割れた栗を活用し、1885年に「Crème de Marrons de l'Ardèche」を生み出したとされています。
一方、製菓では用途によって、栗そのものに近いもの、糖分を含んだ硬めのもの、より柔らかく甘いものが必要になります。こうした用途の違いに対応するのが、現在一般的に使われているピューレ、ペースト、クリームです。
ピューレは配合を一から組み立てやすく、ペーストは栗の風味と甘さを持つしっかりとしたベースとして、クリームは柔らかさや甘さを加える材料として使い分けることができます。
日本とIMBERT
IMBERTの歴史を調べていくと、日本との深い関係も見えてきます。
2010年代に入ると、IMBERTはフランス国外への展開をさらに進めていきました。その中で日本を拠点にアジアでの展開に携わったのが、Alexandre Nogier アレクサンドル・ノジエです。
IMBERTの公式サイトでは、Alexandre Nogierが日本に拠点を置き、東南アジアにおけるブランドの発展に貢献したと紹介されています。
そして2011年、日本でアンベール・ジャパン株式会社が設立されました。
同社はIMBERTのマロン製品をはじめとする製菓材料の輸入・販売を行っており、Alexandre Nogierが代表を務めています。
現在、日本では製菓材料を扱う商社などを通じてIMBERTの商品が流通しており、今回使用した「Pâte de Marrons d'Aubenas Imbert」をはじめ、マロンピューレ、マロンクリーム、マロングラッセなどを日本でも入手することができます。
フランス南東部のAubenas オーブナで始まった栗加工の会社が、100年以上を経た現在、日本のパティシエや菓子作りにもつながっていることになります。
IMBERTとパティシエ
IMBERTのマロン製品は、長年にわたりプロの製菓の現場でも使われてきました。
同社の公式サイトでは、Jean-Michel Perruchon ジャン=ミシェル・ペルション、Christophe Michalak クリストフ・ミシャラク、Philippe Rigollot フィリップ・リゴロなど、さまざまなパティシエによるIMBERTのマロン製品を使ったレシピが紹介されています。
なかでもJean-Michel Perruchon ジャン=ミシェル・ペルションは、IMBERTの公式サイトで15年以上にわたり同社の製品を使用していると紹介されています。
そして、IMBERTとパティシエとの関係を象徴する企画のひとつが「100 ans en Mont-Blanc」です。
2020年、IMBERTは創業100周年を記念して、100人のシェフにモンブランを表現してもらう「100 ans en Mont-Blanc」を展開しました。
モンブランという同じテーマをもとにしながら、それぞれのシェフが自身の技術や感性で再解釈するという企画です。
その参加者のひとりが、当時Angelina アンジェリーナのシェフ・パティシエを務めていたChristophe Appert クリストフ・アペールです。

Angelinaを創業したAnton Rumpelmayer アントン・ルンペルマイヤーは、1903年に同店を代表する菓子となるモンブランを生み出したとされています。
Christophe Appertは「100 ans en Mont-Blanc」で、その歴史を受け継ぎながら、モンブランをタルトレットとして現代的に再構成しました。
100年以上前から作られてきたモンブランという菓子と、1920年から栗の加工を続けてきたIMBERT。その関係は、現在のパティシエたちの仕事を通しても続いています。
関連する書籍・食材
《ANGELINA, 120 ANS DE CREATION》
今回の記事にも登場したAngelina アンジェリーナ。
その歴史や代表的なパティスリーを紹介した書籍です。
《IMBERT Pâte de Marrons d'Aubenas》
今回の記事を書くきっかけとなり、実際にモンブラン作りに使用するIMBERTのマロンペーストです。
今回購入したマロンペーストを使ったモンブランについては、実際の制作とともに改めて紹介します。
参考資料
Marrons Imbert「Notre histoire」
Marrons Imbert「Nos terroirs」
Marrons Imbert「Notre savoir-faire」
INAO「Châtaigne d'Ardèche」
Clément Faugier「Crème de Marrons」
Rhône-Alpes Gourmand, Interview avec Marrons Imbert - SIRHA 2015






